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「人を殺すのは人であって銃ではない」という論理は理解できる?
経済合理性を追求する全米ライフル協会のスローガンです。
①【YES】経済浮揚のため日本も「銃器所持」合法化
②【YES】犯罪を誘発するから日本は「銃器所持」禁止
③【NO】理解できない。日本は「銃器所持」禁止
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- 作成日:2009年10月09日 20時12分
- 2009年12月08日 00時00分
- 作成者:
oil_kingさん
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13件のコメントを表示しています
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②に投票
wanwan999xxxさん あなたのおっしゃりたい事は、選択肢の「経済浮揚のため」「犯罪を誘発する」という言葉に集約しているつもりです。 -
③に投票
子供でさえ出入りできるスーパーマーケットのかたわらに、銃器販売コーナーが有るアメリカの異常を見れば、一部の銃器オタクの理論が理不尽であると言うことが解ると思う。 -
③に投票
”銃がなければ殺せなかった”という答えを無視している。銃を持たないと言うことで、銃を売っている企業以外にどのような不利益が有るのか考えてみよう。経済浮揚効果を狙うのであれば同様の理論で麻薬の合法化だって有りだぜ。 -
②に投票
↓「…間違いと思うが、③…」⇒「…間違いとは思わないが、③」に訂正;; -
②に投票
使う人が問題だと考えているので②にしました。何のための銃かといわれると反論できませんが。ただ、日本で合法化する必要性はないと思います。 -
②に投票
個人的には「人を殺すのは人であって銃ではない」という論理自体は間違いと思うが、③を選んだ方も②を選んだ方同様に「銃器=凶器・武器」という認識が大前提で「銃器所持禁止」を選んだのだと思う。逆に、その銃器ですら「競技」「狩猟」等の使用目的では例外的に認めらている。どんな事柄にも、例外的な事象は存在するわけで、例外の論理で本質を見失うと、銃社会を容認するな結果に陥る。例外(包丁=凶器)はあくまで例外であり、対処法を考えればよいはず。と思います。 -
②に投票
Winny関連のアンケートで、いわば「著作権を侵害するのは人であってWinnyではない」という論調が多かったのでこの項目を作ってみたが、予想通りそちらとは正反対の結果が出ている。そちらでも、包丁論を掲げる方が多かったが、銃器と包丁を同列に語るのは全く見当違いだと思う。それは、主たる使用目的が決定的に違うからで、例外的に包丁を凶器として扱う危険があるケースは銃刀法で抑止・規制されている。 -
論理的にはそうではないか。 包丁やサバイバルナイフも十二分に人を殺すことができるが、それを持つ人によっては人を幸福にもできる。 ただ、感情的には「なにいってんだか。規制されると困るからだろ!」とは思います。
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③に投票
個人的には銃は好きだが、となりのおばちゃんまでチャカ持ってるような国、怖すぎる -
①に投票
今の銃は殺人に使えるので、カメラなどと組み合わせて人に当たる可能性がある場合には、弾丸が発射されないようにすれば良い。 -
②に投票
↓洗脳されてる米国民も多いと思いますが、米国民の過半数は銃規制に賛成しているようですよ。強力な圧力団体であるライフル協会を敵に回すと政治家は当選できないという「資本主義・民主主義社会のジレンマ」を象徴している現象だと思います。 -
③に投票
なぜオバマ氏を選んだアメリカ市民がこのような我田引水的屁理屈で銃撲滅の叫びを抑圧されるのか、分からないな。 -
③に投票
「へりくつ」ってやつだ。
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